その後の北の国から「北の国から 2011 つなみ」

北の国から 2011 つなみ

倉本聰さんの頭の中には「北の国から」のその後のストーリーがあるそうです。「北の国から」のファンの方はご存知でしょうが、僕は最近知って驚きました。文藝春秋の2012年3月号に掲載されている3ページほどの文章ですが、かなり濃い内容になっています。

「北の国から」の人たちのその後をまとめると・・・

五郎(田中邦衛)
ここ十数年税金も払わず、年金も生活保護も受けておらず、自然人として富良野で生活している。喜寿(77歳)を迎え、ますます汚くなっている。

純(吉岡秀隆)
2003年に結と結婚し、五郎と石の家に暮らし始める。仕事はゴミ収集。その後、拾って来た町に五郎に家を建ててもらい夫婦で過ごす。
2006年に些細な諍いの挙句、結が突然家を出て二人は破綻。
2007年からゴミ処理の事を書いたブログを始める。ブログは反響を呼び「メリー」というハンドルネームの人と交流するようになる。このメリーさんが実は純の初恋の人、大里れいちゃんだと判明。れいは2年前に離婚して銀座のバーにつとめている。7年ぶりに純は東京でれいと再会をはたす。まさに再会のその日、3月11日に大震災が発生する。

蛍(中嶋朋子)
2004年以来、笠松一家(蛍と正吉と子どもの快)は福島県浪江町に定住。蛍は南相馬市立総合病院勤務、長男快は中学生、正吉は浪江町消防署勤務。
2011年3月11日の震災で蛍の病院は大きな被害を受ける。快は学校ぐるみの避難で避難所にいて無事、正吉とは連絡が取れず。快から救助に向かった消防団員が津波に流されたという情報を聞く。
3月14日、放射能飛散の危険を受けて快を連れて富良野に向かう。快をとりあえず五郎に預けて福島にとってかえすが、正吉が津波にさらわれて行方不明という絶望的な知らせが待っている。半狂乱になって瓦礫の山をさまよう蛍、そこで瓦礫の山で黙々と正吉の遺体を捜す純と出合う。

純はその後、原発現場の瓦礫物処理の仕事に投じ、下請け作業員の末端として危険な現場に身を置くことに・・・

その他の人たちは・・・

たま子(裕木奈江)
現在鹿児島県種ヶ島で2児の母に

結(内田有紀)
離婚後、昔別れた亭主の父親のトド、高島吾平(唐十郎)と羅臼で暮らす

小沼しゅう(宮沢りえ)
帯広の豆腐屋に嫁入り。五郎のことを父のように慕い、盆暮には必ず五郎の所に顔を出す。

凉子先生(原田美枝子)
遠軽に在住

成田新吉(ガッツ石松)
鉄工場を息子の代へと譲り渡す

というストーリーが倉本聰さんの頭の中にはあるそうです。正吉が震災で亡くなっていたというのが衝撃でした。純とれいちゃんがその後どうなったかは「もったいないから教えてやらない」だそうです。何らかの形で出版して欲しいですね

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